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ヒップホップ | DAILY COLUMN No.05

Run-DMC、ロックの壁を壊した3人

2026年10月30日編集部約6分で読めます
Run-DMC

📷 Run-DMC / 撮影: Ian Dryden, Los Angeles Times / CC BY 4.0

スニーカーにジャージ、黒い帽子にゴールドのチェーン。ストリートファッションの原型のひとつは、1980年代のRun-DMC(ラン・ディーエムシー)にあります。ステージでも街でも同じ格好で現れた彼らは、見た目も音も「これがヒップホップだ」と世界に示しました。

では、彼らは何をした人たちなのか。ひとことで言えば、ヒップホップをロックやファッションの世界にまで広げ、ひとつの文化として認めさせた人たちです。

クイーンズの3人組

Run-DMCは、ニューヨーク・クイーンズ区のホリスという街で生まれたグループです。メンバーはRun(ジョセフ・シモンズ)、DMC(ダリル・マクダニエルズ)、そしてDJのJam Master Jay(ジャム・マスター・ジェイ)の3人でした。

それまでのヒップホップは、ディスコやファンクの曲を使った派手なスタイルが中心でした。ところがRun-DMCは、太いドラムマシンの音と、短い言葉を叩きつけるように届けるラップで、シンプルで硬い音を作りました。派手な衣装ではなく、普段着のような服で立つ姿も新鮮でした。

1980年代前半にデビューし、1984年には最初のアルバム「Run-D.M.C.」を発表。ヒップホップのグループとして、アルバムで評価されるという道を切り開いたと言われています。シングルで売るだけでなく、一枚を通して聴かせる。その流れを広げた存在でもありました。

Walk This Way、ロックとの衝突

彼らを世界的な存在にしたのが、1986年のアルバム「Raising Hell」です。この中の「Walk This Way」では、ロックバンドのAerosmith(エアロスミス)と共演しました。

クラブでこの曲を聴くと、年上の世代がサビを一緒に口ずさむ姿を見かけることがあります。ロックで育った世代と、ヒップホップで育った世代が、同じフロアで一つになる。そんな不思議な光景を生み出せるのも、この曲の力です。

もともとこの曲は、Aerosmithの有名なロックナンバーです。それをRun-DMCがラップで歌い直し、バンドのメンバーも参加。ギターとドラムの上で、ラップが響く。ロックとヒップホップが正面から手を組んだ、とても印象的な一曲になりました。

当時はまだ、ラップは一部の人が聴く音楽と思われがちでした。その状況を、この共演が一気に変えます。ミュージックビデオもテレビで繰り返し流れ、ロック好きの人たちもヒップホップに耳を向けるようになりました。「ラップはロックと並ぶ、主役級の音楽だ」。そう印象づけた出来事です。

ライブでこの曲がかかれば、世代を問わず誰もが盛り上がります。クラブでも、ふいに流れて笑顔が広がる定番曲です。

My Adidasと、ファッションの革命

もうひとつ、彼らが歴史に残した大きな出来事が、スニーカーです。「My Adidas」という曲で、自分たちが愛用するアディダスへの思いを歌いました。履き込んだスニーカーを大切にする、ストリートの感覚を曲にしたのです。

この曲がきっかけになり、アディダスとの契約へつながったと語られています。ヒップホップのアーティストが、大きなスポーツブランドと手を組む。今では珍しくない光景ですが、その先駆けのひとつがRun-DMCでした。

靴ひもを抜いたスニーカーを履く、黒の帽子をかぶる、チェーンを重ねる。そんなスタイルは世界中の若者に広がりました。服装も含めて自分たちの文化を作り上げるのは、ヒップホップの大きな特徴です。盛岡のクラブで、スニーカーにこだわる人を見かけたら、その源流にRun-DMCがいると思ってみてください。

彼らの影響は、音やファッションだけではありません。ヒップホップのグループが、ロックバンドと同じようにアルバム単位でツアーに出て、大きな会場を満員にする。そうした「ヒップホップがスタジアムで鳴る時代」への扉も、Run-DMCが押し開けたものでした。

日本でも、Run-DMCの影響を受けたと語るアーティストは少なくありません。シンプルなビートに、短く力強い言葉。余計な飾りを削った音は、言葉の違いを超えて伝わります。

彼らの曲を今聴くと、音数の少なさに驚くかもしれません。ドラムとラップだけで成り立っているような曲もあります。けれど、その余白がかえって言葉の勢いを際立たせ、体に直接響いてきます。足し算ではなく引き算でかっこよくする、というセンスも、後の世代が学んだ点でした。

Run-DMCは2009年、ロックの殿堂入りを果たしました。ヒップホップのグループとして、早い時期に選ばれたうちのひとつです。

2002年には、DJのJam Master Jayが亡くなるという悲しい出来事がありました。彼の存在はグループの音の要で、今も多くの人が惜しんでいます。現在、残されたメンバーたちは、その功績を伝える活動を続けています。

画像のとおり、ステージに並んで立つRunとDMCの姿は、見る人に強い印象を残します。大きな動きがなくても、そこに立っているだけで絵になる。それが彼らのかっこよさの核心でした。

クラブの夜に、足元を見てみてください。スニーカーを履いて来ている人がたくさんいますよね。それはごく自然な光景ですが、そこにはヒップホップのアーティストたちが築いてきた文化の積み重ねがあります。音楽と服が一緒に育っていく。その面白さを、Run-DMCは先頭に立って見せてくれました。

ヒップホップを聴き始めたばかりの人には、Run-DMCは本当におすすめの入り口です。曲がわかりやすく、リズムがはっきりしているので、初めてでも楽しめます。クラブの夜に、友だちとワイワイ盛り上がりたいときの一曲にもぴったりです。

次にスニーカーを選ぶ機会があったら、ほんの少しだけ、彼らの話を思い出してみてください。足元から文化の歴史を感じられるのも、ヒップホップならではの楽しみです。

まとめ

Run-DMCは、ヒップホップをロックやファッションの世界へ広げ、大きな文化にした立役者です。シンプルで力強い音、普段着のままのスタイル、そしてAerosmithとの共演。そのすべてが、のちの世代の土台になりました。

今、クラブでかかっているヒップホップが、ロックやポップスと自然に混ざり合っているのは、彼らが壁を壊してくれたおかげです。

次に聴く機会があったら、音のシンプルさに注目してみてください。ドラムと声だけで、ここまで人を動かせるのかと驚くはずです。

今夜の一曲を選ぶとき、彼らの短くて強い言葉の響きを思い出してみるのも楽しいですよ。

まずはこの曲から

  • Run-DMC「Walk This Way」:Aerosmithとの共演。ロックとヒップホップの歴史的な出会い
  • Run-DMC「It's Tricky」:軽快でユーモアのある、ノリのいい一曲
  • Run-DMC「My Adidas」:スニーカー愛を歌った、ストリートの定番
  • Run-DMC「It's Like That」:デビュー期の力強さを感じられる曲

今夜、どこへ行く?

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