Grandmaster Flash、DJを楽器にした男

📷 Grandmaster Flash / 撮影: Victor Frankowski / Southbank Centre / CC BY 2.0
クラブのDJブースで、DJが指先でレコードをキュッと戻し、また次のビートへ滑り込ませる。あの動きを見て「かっこいい」と感じたことはありませんか。レコードを聴かせる道具ではなく、楽器のように扱う。その考え方を広めた代表的な人物が、Grandmaster Flash(グランドマスター・フラッシュ)です。
前回はDJ Kool Hercが「いちばん熱い部分をつなぐ」発想を生んだ話をしました。今回はそのアイデアを、驚くほど正確で滑らかな技術に育てた男の話です。そして彼らは、DJだけの人でもありませんでした。
電気を学んだ少年DJ
Flashの本名はジョセフ・サドラー。1958年にバルバドスで生まれ、幼いころにニューヨークへ移り、ブロンクスで育ちました。学校で電気の技術を学んだことが、のちに大きな武器になります。
ブロンクスでHercのようなDJたちのパーティーを見た少年は、強く刺激を受けます。ただ、彼は一つ不満を感じていました。レコードを切り替える瞬間に、ビートが少しずれたり、間があいたりすることです。盛り上がっているフロアを止めてしまうかもしれません。
そこでFlashは、機材を工夫することにしました。ヘッドホンでつなぎ先のレコードを事前に聴き、いちばん良い位置を探してから切り替える。この方法を自分で整えていったのです。今のDJが当たり前にやっている「次の曲を耳で確認する」手順にも、通じる考え方です。
クイックミックスという技
Flashの技の代表が「クイックミックス・セオリー」と呼ばれるものです。レコードのどこでビートが始まるかに印を付け、指でレコードを回して、狙った位置にピタリと合わせる。短い部分を何度もくり返しつなげば、一瞬のブレイクを延々とつなげられます。
さらに、レコードを逆方向に回して戻す「バックスピン」や、短いフレーズを押したり引いたりして音を刻む技も広めました。ビートがその場で組み立て直されていく様子は、見ている人を驚かせたはずです。
「DJが演奏している」。そう実感できるのは、こうした技のおかげです。クラブで、DJの手元にカメラが向いて大きなスクリーンに映ることがありますね。見ていて楽しいのは、Flashたちの時代から続くDJの技が、きちんと受け継がれているからです。
Furious Five、そしてThe Message
DJとして名を上げたFlashは、MC(ラップをする人)たちと組みます。Grandmaster Flash and the Furious Five(グランドマスター・フラッシュ・アンド・ザ・フューリアス・ファイヴ)です。MCのMelle Mel(メリー・メル)らが加わり、DJの技とラップを組み合わせたステージで人気を集めました。
初期のヒップホップのレコードは、パーティーを盛り上げる楽しい内容が多いものでした。ところが1982年、Sugar Hill Records(シュガーヒル・レコーズ)から出た「The Message」が、空気を変えます。
この曲が描いたのは、都会の貧しさや、息苦しさといった日々の現実でした。パーティーの熱気とは違う、静かで重い空気が曲全体にただよいます。「ラップは楽しいだけじゃない。街の現実を伝える手段にもなる」。そのことを多くの人が知るきっかけになりました。
今のヒップホップで、ラッパーが自分の暮らしや育った場所について語るのは、ごく当たり前のことです。その流れの源のひとつが、この一曲だと言われています。クラブでは盛り上がる曲が中心でも、そのすぐ裏側にこうした「語る力」があります。
Flashのすごさは、技を磨くだけでなく、仲間と一緒に舞台を作り上げたところにもあります。DJが音を組み立て、MCたちが掛け合いで言葉をつなぐ。ひとつのステージの上で、役割の違う人たちが息を合わせる様子は、今のヒップホップのライブにもそのまま受け継がれています。
また、彼らの活動した時代はまだ、ラップのレコードを作る方法そのものが手探りの状態でした。ステージで見せていたDJプレイを、スタジオでどう録音するか。試行錯誤の中で、現在につながる作り方が少しずつ見つかっていったのです。
Grandmaster Flash and the Furious Five は2007年、ヒップホップのグループとして初めて、ロックの殿堂(Rock and Roll Hall of Fame)入りを果たしました。ヒップホップが音楽の歴史を語るうえで欠かせない存在として、公式に認められた出来事でした。
その後もFlashは、DJとして世界中のステージに立ち続けています。写真のように、フェスの大きな舞台でレコードを操る姿も見られます。何十年経っても現場に立ち続けるところは、さすがです。
ちなみに彼のDJスタイルは、今のDJにとっても大先輩のお手本です。スマホやパソコンでDJができる時代になっても、「レコードを指で操る」ことへの敬意は変わりません。クラブでDJが針を落とす瞬間に、少し背筋が伸びる人もいるのではないでしょうか。
盛岡のクラブでも、DJが2枚のレコードやデジタル機材を操って、ビートを切り替える瞬間があります。そのたびに、私はFlashのような先人たちの苦労と工夫を思い出します。誰かが最初に「こうやればもっとかっこよくなる」と考え、試し、仲間に見せた。そんな積み重ねの先に、今夜のフロアがあるのです。
ところで、DJの技を磨くには、地道な練習が欠かせません。同じレコードの同じ部分を何度も何度も回して、指先の感覚を体に覚えさせる。Flashも若いころ、部屋にこもって繰り返し練習したと語られています。派手な技の裏には、静かな反復があるのです。クラブでDJの手元を見る機会があれば、その積み重ねを少しだけ想像してみてください。
まとめ
Grandmaster Flashは、DJを「かける人」から「演奏する人」に進化させました。正確なタイミングで切り替え、戻し、刻む。その技の積み重ねが、ヒップホップのDJの基本になっています。
そして「The Message」で、ラップが社会の現実を伝える道具になることも示しました。技術と言葉、その両方でヒップホップの形を作った人です。
次にクラブでDJがレコードを戻して刻んだら、「Flashの技だな」とニヤリとしてください。そこに歴史が詰まっています。
まずはこの曲から
- Grandmaster Flash and the Furious Five「The Message」:街の現実を描いた、ヒップホップの歴史を変えた1曲
- Grandmaster Flash「The Adventures of Grandmaster Flash on the Wheels of Steel」:レコードをつなぐ技をそのまま録音した、DJ作品の傑作
- Grandmaster Flash and the Furious Five「Freedom」:初期ヒップホップのパーティー感を味わえる一曲