MCハマー、世界を踊らせた男の浮き沈み

📷 MC Hammer / 撮影: Brian Solis / CC BY 2.0
ダブダブの派手なパンツ、キレのあるダンス、そして一度聴いたら忘れないフレーズ。1990年前後に世界中の人を踊らせたのが、MCハマーです。今でもテレビやSNSで、あの曲の一部が流れるのを見かける人は多いと思います。
音楽に詳しくない人でも、あのパンツの形と、手を振るようなダンスは真似できる。そんな人は、実は世界中にいるのではないでしょうか。
盛岡のクラブでも、昔のヒット曲をつなぐ時間帯になると、必ずといっていいほど誰かが踊り出す曲です。年齢に関係なく盛り上がれるのは、それだけ多くの人の記憶に残っている証拠でしょう。
DJにとっても、こうした曲は「場を温める切り札」になります。知っている人が多いほど、フロアの一体感が生まれやすいからです。
ヒップホップが「一部の人の音楽」から「みんなの音楽」に変わっていく途中で、いちばん目立っていた存在のひとり。この記事では、彼がどうやって頂点に立ち、その後どうなったのかを、バズと浮き沈みの物語として見ていきます。
主役は、とにかく明るくて、サービス精神のかたまりのような人です。読み終わったときに、少しだけ元気になってもらえたらうれしいです。
オークランドの少年がステージへ
ハマー、本名スタンリー・バレルは、カリフォルニア州オークランドの出身です。子どものころから野球が好きで、球団の関係者に可愛がられていたという話がよく知られています。ハマーという呼び名も、そのあたりから生まれたといわれています。
その後、音楽の世界に入ってからは、自分でレーベルを立ち上げ、地元でライブを重ねて作品を売っていきました。いきなり大手に見つかったのではなく、自分の足で動いて、少しずつ名前を広げていったのです。この下積みがあったから、のちに大きなチャンスをつかめたのでしょう。
今でいう「自主制作で地道に営業する」スタイルの先輩でもあるわけです。いきなりのスター誕生ではなく、現場での積み重ねが土台にあった、と考えると見え方が変わってきます。
特にダンスの力は、ほかのラッパーとは別格でした。ステージで激しく動きながら、息を乱さずにラップする。その見せ方に、会場の空気が一気に変わったといわれています。
ダンスを中心にしたラップは、言葉がわからない人にもすぐ伝わります。海外の人気が一気に高まったのは、この「見て楽しい」力が大きかったのではないでしょうか。
Can't Touch Thisが世界を変えた
1990年に出たアルバム『Please Hammer Don't Hurt 'Em』が、状況を一変させます。中でも「U Can't Touch This」は、ファンクの名曲のフレーズを大胆に使ったことで、聴いた瞬間に体が動く一曲になりました。この曲でハマーは、グラミー賞も受賞しています。
ミュージックビデオも話題になり、独特のダンスはあっという間に学校や街角で真似されました。流行語のように「あの動き」が通じる、そんな時代があったのです。
アルバムはヒップホップの作品として、世界的に大きな売れ行きを記録したと広く報じられています。それまでヒップホップを聴かなかった層にも届いたことが、何よりの特徴でした。テレビCMにも出演し、子ども向けのアニメにもなるなど、まさに社会現象といえる広がりでした。
クラブにたとえるなら、普段ヒップホップを聴かない友達が、この曲がかかった瞬間だけ前に出てくる。そんな「みんなが知っている一曲」を持つことの強さが、ここにあります。
一方で、ヒットが大きすぎると、その曲のイメージが本人に貼りついてしまうこともあります。「ハマー=あの曲」と思われることは、うれしさと難しさの両方を生んだはずです。
派手さの裏にあったもの
ただ、華やかさにはお金がかかります。大人数のダンサーとバンドを連れた大規模なステージ、豪華な暮らし。これらにかかる費用は大きく、のちに財政面で苦しくなったと伝えられています。
そしてもうひとつは、音楽の流れの変化です。1990年代に入ると、ヒップホップは西海岸を中心に、もっと現実的で硬派な音が人気になっていきました。ポップで明るいハマーの路線は、「やりすぎ」「軽い」と見られることも増えていきます。
同じ時期に、もっと生々しい現実を描くラッパーが次々と登場し、ファンの好みが変わりました。どちらが正しい、という話ではなく、聴く人が求めるものが入れ替わったということです。
もちろん、ハマー本人が悪かったわけではありません。時代が移り変わるスピードが速く、ひとつのスタイルで走り続けるのが難しかった、というほうが近いでしょう。バズは大きいほど、そのあとの落差も大きく感じられるものです。
いまのSNS時代にも、同じことが起きています。ひとつの動画や曲が急に広がり、数か月後には話題が別のものに移る。ハマーの物語は、30年以上前の話なのに、驚くほど今の私たちの暮らしに似ています。
その後のハマー
1996年に、ハマーは破産を申請したと報じられています。あれだけ売れた人でも、お金のバランスが崩れるとこうなる。ここは、音楽の話を超えて、多くの人が学べる部分です。収入が大きいときほど、支出も大きくなりやすい。これは音楽だけでなく、お店でもイベントでも同じです。ハマーの経験は、続けることの難しさを教えてくれます。
ただし、彼はそこで終わりませんでした。その後は音楽活動を続けながら、インターネットに関わる事業や、テレビ番組への出演など、さまざまな分野で活動を続けています。最近はSNSでも、昔の曲を笑顔でネタにする姿が見られ、親しまれ続けています。
懐かしい映像が話題になるたび、「やっぱりこの曲は楽しい」と再評価される。
盛岡のクラブでも、ヒップホップに詳しい先輩ほど、ハマーの曲では誰よりも楽しそうに踊っていたりします。そんなタイプのアーティストは、実はそれほど多くありません。若い世代がダンス動画で昔の曲を知り、そこから原曲に興味を持つこともあります。時代をこえて「踊れる音楽」は強い、ということですね。
ひとつのヒットで人生が終わるわけではない。浮き沈みを経験したからこそ、いまの余裕のある姿があるのかもしれません。
ライブやイベントに呼ばれれば、いまも当時の代表曲で会場を沸かせてくれると紹介されています。「昔の人」ではなく、「長く続けている人」と見るほうが、きっと実像に近いでしょう。
まとめ
MCハマーは、ヒップホップを世界中のお茶の間に届けた先駆者のひとりです。派手さが笑われることもありましたが、その陰には、ダンスと音楽の確かな実力がありました。
大きなバズのあとに、波が引く時期はだれにでも来ます。それでも、曲は残り、笑顔で踊れる人がいる。クラブで昔のヒット曲がかかったときに、世代をこえて盛り上がれるのは、こうした人たちが残した「みんなの一曲」のおかげです。
次にあの有名なフレーズが流れたら、ぜひ少しだけステップを踏んでみてください。そのとき、フロアにいる誰かの顔も、きっと笑顔になっているはずです。
まずはこの曲から
- U Can't Touch This:説明不要の代表曲。まずはここから
- Pray:少し落ち着いた雰囲気の、ヒット曲のひとつ
- Addams Groove:映画の主題歌として知られる、ノリのいい一曲